7月10日、参院選の投票に家族で行きました。
お店の営業を終えて、友達のおうちに赤ちゃんを見に行ったのち
夜の7時20分過ぎに投票所に入りました。
投票後、マルエツで晩御飯の買い物をし
20時に投票締め切り
家に帰り、晩御飯でも食べながら選挙結果の動向でも確認するかと
20時10分ごろに それじゃどれどれとテレビをつけると
投票締め切りから10分。
三原じゅん子氏がバンザイしてる・・・
はやっ
1票の重みって・・・
はやっ!
テレビで投票締め切り時間をカウントダウンして
3・2・1・0で《バーバーバー》っと
議席数がでますからね。
そのころ当の当選箱は、まだ車で開票所まで輸送中なんですが・・・

まだ、開票のかの字も開いていないのに当選確定とか。
なんか、開票結果が確定していなくとも
テレビ画面の中で
『カネコ氏、当選確実です!』
て言っちゃや、0票でも
当選ということで・・・・。
見てる人「ああ、当選だって。」
1票の重みって・・・
はやっ!
以前、関内で某シアトル系カフェで働いていたときのこと。
ちょうどお昼どきで
所謂「昼ピー」(お昼のピーク時)という混雑した時間帯に
近くに事務所がある議員さん1名と秘書らしき人2名がご来店。
最寄だったのでポスターなどでお顔も存じ上げていた方で
テイクアウトでご注文をいただいたのですが
昼どきのオフィス街なので、多少待ちそうな様子であることは
通常であれば察しがつきそうな臨場感の中・・・
秘書A『おい!まだかよ!!なにやってんだよ』
秘書B『こっちは、おまえらみたいにヒマじゃねーんだよ!!』
そこに議員さんがデンッと登場。
(おいおいおい、まぁお待ちなさい)とは言わなかったですが
いっさい口は開かず、そんな感じで『とんとんとん』と止めに入りました。
結果、先に出してやりましたがね。
なにか、世界が違う感じがしましたね。アホな意味で。
ぼくらとは関係ないところで、つながっていないところで活動している感じ。
よく若者を囲んだトーク番組なんかで議員さんが
もっと地元の議員を身近に感じていいんだよ。 地元の議員さんのところにもっと気軽に遊びに行ってください。 もっと素朴なお願いをどんどん陳情しにきて全然かまわないから。
なんて・・・
『行けるかッ!!ボケェ そんなで!返り討ちにされるわ!』
なんて思った次第です。はい。

はたして、この1票は、貴重な1票なのか。重い1票なのか。
いち市民のいち個人の思いの1票なのか
ある方向に束ねられた組織の数百票なのか

ちっぽけないち市民の私の思い1票の立ち位置は
本当にこの1,004,877票の中に刻まれているのだろうか。
まだ、21時にもなっていない中
マルエツで買った晩御飯を怪訝にかみしめながら
1票の意味をふつふつと考えさせられました。
SPEEDに、バレーに、元巨人の4番・・・・
景気が上向いている証拠だよ。
僕なんか、ついついこう言ってしまうんですよ。
「みんな言ってたけど~」とか「みんな知ってるけど~」
んなこと言った日にゃすぐみんなに
「みんなってどれくらい?」「みんなって何人なん?」
それぐらい突っ込めるんだから
世の中、もっと突っ込んでやりましょうよ?
でも実際には、ちょっとした疑問や質問・疑いや疑念は
「そんなん当たり前だろ」「決まってるだろ当然じゃん」
「そんなんも知らないの」「テレビの見過ぎじゃねーの」
特に最近の風潮として‘‘無知だから’’‘‘勉強不足だ’’とあしらって
対話を終わらせてしまう傾向が目立ちます。
世の中の取るに足らないような当たり前の事でも
あえて、あらゆる角度からの意見や考えを
あえて、見てやってやる・聞いてやってやる・考えてみてやってやるのも
非常に大切なことだと思います。
以外に当たり前という思考停止の影に、真実が隠されているのかもしれませんよ。
やべーー! 調子に乗りすぎた・・・