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こどもごころ。

毎週日曜日は娘と『ちびまるこちゃん』を見ます。

あいだにながれるCMに

「上戸彩さんが出演している日通のお引越し」のコマーシャルがあります。↓

 

「オレ、引っ越すことになった」

 

「えっ!?・・・あとで 話があるの・・来て?」

 

(軽率な男は)へっもしかして!って期待しちゃいますよね~!

きっと脇に8×4とかシューシューして 髪の毛にunoとかテカテカ塗ったくって
あわよくば 速攻でジーンズメイトまで服なんか買いに行っちゃったりして・・・

男なら気合を入れて「あとで」に備えることでしょう。

で、期待して「待ったキリッ」なんて行ってみると

 「引越しのご用命は!引越しは、ニィッツー!!!!」

ガァクッ・・・ッ

なんてオチになる訳です。

 

時は 1985年ごろ 僕らの小学校・小学生時代は
恐怖と暴力と絶望のまっただ中でした
(この頃は小・中・高とどこも荒れていた時代だと思います)

 

中・高くらいであれば、暴力の矛先も外に向き不良は不良同士の抗争になるのでしょうが

小学生ということもあり
校内の児童に直接影響がふりかかるような
暴力で支配される日常が出来上がっておりました。

直接 暴行を受けないまでも

今日は、自分がやられる立場になってしまうのではないか?

という恐怖に完全に支配されていったのです。

見せかけの不良の腕っ節よりも
よっぽど体育会系の運動抜群な子どもたちもたくさんいたのですが

暴力の支配に対して こちらもチカラで打開しようとする試みは
小学生にはまだイメージさえできなかったのだと思います。

例えば、体育でサッカーなんかやったひにゃ

 

不良少年からボールは絶対に奪えないのです!。

奪ってしまったひにゃ その場で一時中断。蹴りが飛んできます。

かといって 奪いに行かなくっても不機嫌になるので 止めに行くんですが
まるで彼のドリブルには強力なバリアがはっているかのごとく
タックルにいっては いった本人自らが吹っ飛び

ごきげんをとる一声

「いや~とめらんねぇよぉ」「すごいね~ぜんぜんとれないよぉ」

てな感じで。

不良少年らに目をつけられたひにゃ それは大変。

クラスの誰も助けてはくれません。

助けたくても加担者になる以外仕方がない仕組みになっていました。

なかでも、男の子は女子と女の子は男子と話をするなんてことは言語道断!

もし見られたり 密告されたひにゃ 調子こいてんじゃねえよってことで

「クラス全員で!!金子 無視な!!」

てことになる訳です。

小学生の小さなココロでは、1日中・3日・1週間と許しが出るまで
誰ひとり親友までも口を聞いてくれないというのは、そうとうな苦痛なのです。

クラスみんなが その無視の苦痛を知っているからこそ
男子も女子も異性とは
決して会話するようなことはなかったのでした。

しかし高学年にもなるとやはり異性に興味が沸いてきます。

女子とお話がしたい・・だれかれのことが気になる・・
でも!話す訳にはいかない。ボコられる・・・。

むしろここまでくると女子と話すのは
カッコ悪いくらいにまで洗脳されていきました。

しかし、少年のココロの中は

女の子とお話してみたい!!

一緒にドッジボールがしてみたい!!

そんな卒業間近のある日のこと。

家に1本の電話が入ります。

 

僕「ただいま~」

電話「じりりりり・じりりりり」

母「はい金子です。はいはい、いますよ。アキヒコ~○○さんから電話よー」

当時はイエ電。そうめったに自分宛にかかってきたりしません。

ん?○○さんって・・・女子の?

僕「はい」

○○ちゃん「3時に△△公園に来れる?」

唐突に!?。

僕「うん」

普段から異性間で会話がないため、はい・うん程度で電話終了。

しかし、僕としては こりゃいてもたってもいられません!!

どうしたら良いのかと、誰かに言いふらしたい一心で友達達を呼び集めました。

「あのさ、○○からさ 3時に公園に来るように電話があったんだけどさぁ!?どうしよう?」

女子だよ!女子!過剰な想像で頭がいっぱいになります。

そんな状況を友達に興奮気味に伝えたところ・・・

友人A君「あっ それ宗教だよ」

友人B君「オレもきた。宗教だよ。お母さんがダメだってさ」

ジーザス。おおジーザス・・・。

宗教なんてどうでもいい・・・ただ行ってお話がしたかった・・・。

愛は信仰をも ものともしない のかっ。

友達のすすめもあり、僕はその日 公園には行きませんでした。

その後、すぐ○○さんは引越ししました。

日通を使ったかどうかはわからない。

僕は不良たちとともに中学へ進級。

さらに酷い荒れた中学校でもんもんと3年間を過ごし

高校は男子高に・・・バレンタインデーなるものを忘れる。

高校卒業後、浪人生活へ。

勉強しに行っているはずの予備校にて

今の妻と出会う。当時18歳・・・。

そして、ずーーーーと飛んで、カフェラテに絵を描くに至る。

 

おおジーザス・・・。すべてはお見通しだったというのか・・・。

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